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<レスダニアインタビュー>第2回

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人生の転機をしなやかに乗り越え、新しいキャリアで活き活きと活躍している大人の社会人のみなさんをご紹介するレスダニアインタビュー。第2回は東京の公益社団法人調布市シルバー人材センター理事の田中伸一さんです。

まずは田中さんの自己紹介をお願いします。

私の学生時代は山登りばかり、山岳部出身です。時代的にも学生運動が盛んでデモにも多く参加しました。

学生運動も連合赤軍事件等でしらけ、大した就職活動をすることは無く、当時日本に進出してきた外資系IT企業に就職し約37年働いて来ました。いわゆるSE稼業です。

会社は若く、ユニークな仲間が沢山いて仕事も遊びも元気いっぱいでした。今思えば、後半の社会人生活は大きな開発プロジェクトに関わる機会が増え、体力的にも精神的にもなかなか厳しいものがありました。

数多くの失敗も今では懐かしい思い出ですが、そこで出会ったのがプロジェクト・マネージメントの世界です。金融ビッグバンの進行とともに多くのメガバンクのプロジェクトに関わり、社内でもいち早く米国のPMPという資格を取得しました。このPMPという資格は簡単に言えば仕事の進め方のノウハウを実践的にまとめたものです。プロジェクトXに代表される根性論の日本では遅れていた部分かもしれません。

田中さんとシルバー人材センターとの出会いはどんなふうだったのでしょうか?

60歳で定年を迎え、躊躇なくセカンドライフを楽しむことにし、しばらくのんびりした後地元のシルバー人材センターの会員になり、多少は知識のあるパソコン教室の講師になりました。それから既に9年が経ってしまいました。

シルバー人材センターは全国ほとんどの自治体にあり、沢山の仕事の中から自分に合った仕事を選ぶことが出来ます。

仕事を通して地域で活動し、地域に貢献することが出来るようになっています。

自分が55歳くらいで定年後の人生を意識し始めたころ、たまたま壁の塗り替え(いわゆる左官の仕事)を地元のシルバー人材センターにお願いしたことがあり、その時の職人さん(シルバーの会員)とお話しする機会がありました。

「午前中に趣味の畑仕事を終わらせ、午後に依頼のあった仕事をしています。明日から2日間は仕事に集中します」とのこと。

その時、「これだ!趣味と仕事を両立できる世界があるんだ!」と思いました。

いつまでも積極的、能動的に社会と関わりながら人生をエンジョイされていますね。その旺盛なエネルギーはどこから来ているのでしょうか?

私の場合、若い時から、遊ぶために一生懸命働くという人生観でした。遊び過ぎて、結婚する気配もなく親には随分心配かけたと思います。

私は若い時からアウトドア派で家族や仲間と山やスキーを楽しんでいました。

定年を意識し始めた55歳頃、仲間作りのためゴルフ場の会員になりました。当時はバブルがはじけ破たんするゴルフ場も多かったようで、サラリーマンの給料で買えるところを簡単に見つけることが出来ました。それまでは年数回のラウンドが週1のペースに代わり、ふらっと1人で行っても会員仲間とプレーできるようになり、いわゆる倶楽部ライフを満喫できる環境が出来ました。

また、グアムに住むアメリカの友人の影響でダイビングのライセンスを取得したのが57歳の時で、地元にダイビングショップがあったのがキッカケです。そして沖縄慶良間を中心にダイビングを楽しみ、毎回沖縄の歴史を勉強しながら沖縄各地を回りました。

定年後60歳の時、定年後の収入で出来ることはないか考えました。見つけたのがロードバイクです。こちらは自転車さえあれば一人でも楽しめますので、しばらくは多摩川サイクリングロードを行ったり来たり、昔の山仲間が山から自転車に転向し始め、乗鞍や赤城山に自転車で行くようになりました。輪行といって自転車をばらして袋に入れれば電車にも乗れますので、青春18切符と組み合わせて山梨や栃木あたりでも楽しめました。

また、定年直後には市からもいろいろな案内があります。その中の一つにシニア向けの体操教室がありました。ボール運びやつまずかない歩き方に飽き足らず、そこにいた同年代の方に声を掛けるとやはり同じ感触の方がいて、「ゴルフやりますか?」「いいえ、ゴルフはちょっとテニスなら・・」という出会いがあり20代のころ楽しんだテニスを再開する機会に恵まれました。最初のうちは2人だけのテニスで壁打ちから復習。そのうち定年を迎える仲間が出てきて1対2の3人テニス。そんなこんなで徐々に仲間が増えて今は7人で楽しんでいます。私達世代のテニスは走ると転ぶし、安全第一をモットーに週1回ペースで市営コートを中心に健康維持に励んでいます。

なにしろ、自転車とテニスは金がかからずシニアの財布に優しいのです。

サラリーマン時代の経験は定年後の人生で活きていますか?それとも全く別の生き方を選びましたか?

はっきり言ってサラリーマン時代の経験は地域で生きて行くためには役に立ちません。

全く別の生き方という点で、退職した翌年に発生した東日本大震災は、私に新しい人生観をもたらしました。こんな大きな災害は東京にも必ず来る。

現役時代は気にも留めなかった地元を見ると心もとなく、まずは自治会の再生のための行動を起こしました。今では顔見知りも増え一緒に行動する仲間も増えました。

消防の災害時支援ボランティアにも参加し上級救命の知識も身に付けました。

定年後の人生を生きるうえでの信条(モットー)があれば教えてください。

一言でいえば「人との出会いの大切さ」かな。一人では寂しいしね。

パソコン教室の活動を通して多くの方と出会い、勉強させていただくことが多々あります。

地域の仲間もずいぶん増えました。

私達も定年後の人生を生きていくうえで「幸せを感じる」ことはとても大切だと考えています。どのような時に幸せ、やりがい、充実感を感じますか?

やはりいい仲間を持つことですね。

それと人から「ありがとう」「お世話になりました」と感謝されることでしょうね。

定年前に定年後の生き方をどのように考えておられましたか?定年前になにか準備をなさいましたか?

定年を迎える準備をする人としない人、人それぞれと思いますが元気なうちはやりたいことは多い方が人生を楽しめると思っています。

それから遊びのプランを立てる以上に大切なことは、経済的に生きて行けるかということですね。定年半年前くらいから妻が家計簿を付け経済面で家計のリストラを行いました。

大きな出費を伴う家電買い替えや多少のリフォームは現役中に行いました。

年金受給までの期間のキャッシュフローの検討も重要かと思います。例えば、貯金を崩して年金を満額もらうための任意加入もしました。妻の年齢も考え、どの年にどのぐらいの収入を確保できるか、そのために二人とも少し収入の見込める有償ボランティアの仕事を探すことなどもしました。

妻は子育てが終わるとパート的な仕事についていたので、私のアドバイザーにもなってくれました。

現役から定年後の生活に移行するときに苦労したこと(意識的に変えたこと)はありましたか?

特にありませんでした。通勤しなくていいと思うと嬉しくて朝早く目が覚めてしまい、早朝から犬の散歩にでかけました。晩御飯が済むと寝てしまう生活が続き、逆流性食道炎にもなりました。

現役時代と定年後の人生で大きく変わった価値観、考え方はありますか?

なにしろ自分の時間はたっぷりあるので、何か楽しいことがないかをいつも考えるようになりました。現役時代の立場や収入は忘れることが大切ですね。

地域で生活するには仲間作りが大切です。昔の仕事仲間とはFBの交流で十分ですね。

田中さんは仕事、社会貢献活動、趣味、家庭での活動をバランスよくなさっておられますが、定年後の人生において、それぞれどういう意味を持つとお考えでしょうか?

あまり考えたことはありません。自然体でいいと思います。バランス感覚もひとそれぞれかと思います。

これから先をどのように生きていきたいと思われますか?

75歳までは自分のやりたいことを続けること、それ以降は分かりませんが、いつもニコニコしていたいと思います。

★田中さんのご家族のコメント

家庭では田中さんはどのような方ですか?

最初は料理にも挑戦していたようですが、私には勝てないと思ったようで最近はおろそかになっています。でもD.I.Yは得意で助かっています。大酒のみではありませんが、一緒に楽しくワインやビールを楽しんでいます。旅行の計画を立てている時が一番生き生きしていますね。

-サラリーマン時代と現在とで田中さんが変わったところはありますか?

地域で顔が広くなったようです。街中でいろいろな方と挨拶するようになりました。

-田中さんの尊敬する点、直してもらいたい点などはありますか?

まあ無理に直さなくてもいいです。直らないと思います。顔に出るたちなので、隠し事はできないでしょうしね。(まあ、安心材料です(笑))

Resda’s Eye★ 〜レスダ理事からのコメント〜

田中さんとの出会いは、調布市シルバー人材センターでした。

定年退職後、生活の中心を会社から地域に移そうと思い立ってシルバー人材センターの会員になり、田中さんと同じパソコン班に所属して以来、5年半のお付き合いになります。

何度質問しても丁寧に分かり易く教える田中さんは、シニアを中心とする受講者に大変好評で、出張講座の指名も多いとお聞きしています。

田中さんはシルバー人材センター理事もされていますが、そのほかにも、家庭菜園(いつも収穫したものをいただきます)、ロードバイク、ダイビング、旅行(格安で行く旅行のノウハウは絶品)など、仕事と趣味を両立させていつも活き活きされています。

田中さんは55歳頃から定年後を意識した趣味と仲間づくりを始めるとともに、経済面での準備もしておられたそうです。

私たちは「衣食住の確保」と「生きがい」の両方があってこそ、充実した人生を送れると言っている本もあります。ところが、私たち世代の多くが現役時代に衣食住を確保する手段と生きがいの両方を仕事だけに求める生活を送っています。

私は定年を迎えてから何をしたいかを見つけて、その準備をするために、2年ほどかかってしまいました。

今思うと、現役時代から本業以外にも本気で何かをやる習慣をつけることが、大切なのだと思います。

また、田中さんは東日本大地震大震災がご自身の人生観に大きな影響を与えたとおっしゃいました。この経験から、現在は自治会やシルバー人材センターをとおして、自治会の再生など地域社会貢献活動にも積極的に取り組んでいらっしゃいます。

このように、田中さんは定年を機に思い切って「会社中心の生活」から「地域とのかかわりを大切にする生活」に上手に切り替えて、定年後の生活を心からエンジョイし、社会の出来事に目を向け、柔軟に考え、行動していくお姿には、私も大変元気づけられます。

「シルバー人材センターで仕事をしているだけではつまらない。そこで仲間と一緒に楽しい時間を過ごしたいんだ」との田中さんのお言葉が印象的でした。


●公益社団法人 調布市シルバー人材センター
〒182-0026 東京都調布市小島町3丁目87番地4
http://www.chofu-sc.or.jp/

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